
本日ご紹介するのは、Willis & GeigerのA-2です。
1931年、アメリカ陸軍航空隊のフライトジャケットがWillis & Geiger社製に統一され(A‐2フライトジャケットの誕生)、本日紹介するA−2はその時の物を模したいわゆる民間支給品に当たります。
それではスペックを確認していきましょう。

ぺたです。X、Instagramはゆるく更新。オークションでコレクションを放出中。時々1円スタートも。人気記事:レザーのメンテナンス
【Willis & Geiger】 ウィリス&ガイガー


1902年北極探検家ベン・ウィリスによって創設された本格アウトドアブランド。
登山や撮影を目的としたアンデス探検隊に独自デザインを起す。
1930年代に、アメリカ東海岸の上流階級の間で、サファリ旅行がブームになった際に、いち早くサファリクロージングを発売。
当時非常に人気の高かったN.Yにある富裕層の為の高級ハンティングショップAbercrombie & FitchのOEM生産を受けるようになった。
またアメリカ軍からの要請でパイロット達の防寒性の高い飛行服をも手がけるようになり、更にブランドステイタスを上げていった。
【History】 歴史


Willis & Geiger社は、探検、航空、軍事などさまざまな分野で活躍した衣料メーカーです。
その歴史は、20世紀初頭から現代に至るまで、数々の偉業や冒険を支えてきました。
1902年
探検家ベン・ウィリスが北極地帯の鉱脈探査用の衣類を開発し、「ザ・ウィリスカンパニー」を創立。これがWillis & Geiger社の始まりです。
1908年
第26代アメリカ大統領セオドア・ルーズベルトのアラスカ探検およびアフリカ探検の装備を提供。探検家や冒険家にとって信頼できる衣料メーカーとしての地位を確立しました。
1917~1918年
第1次世界大戦中、アメリカ航空隊やアルプス山岳隊に衣料を供給。戦時中もその品質が高く評価されました。
1928年
実業家ハワード・ガイガーが経営に参加し、Willis & Geiger社が正式に設立。飛行服を中心とした防寒衣料の開発・製造に力を入れ始めます。
1926~1929年
海軍飛行士バード大将の南極探検飛行で、Willis & Geiger社のフライトスーツの優秀性が実証されました。これをきっかけに、アメリカ海軍の全天候型飛行服の開発が始まります。
1927年
チャールズ・リンドバーグの大西洋単独飛行の衣料を製造。歴史的な偉業を支えた一因として、Willis & Geiger社の技術が貢献しました。
1930年代
飛行の先駆者たち、ジム・ドゥリトル、アメリア・アーハルト、ロスコ・ターナーに飛行服を提供。航空業界の発展に大きく寄与しました。
1931年
アメリカ陸軍航空隊のフライトジャケットがWillis & Geiger社製の規格で統一され、「A-2タイプフライトジャケット」が誕生。このジャケットは、後に軍用フライトジャケットの代名詞となります。
1932年
サファリ探検用衣類のための新素材「340コットン・ブッシュ・ポプリン」を開発。大取引先であるアパークロンビー&フィッチ社の依頼により完成しました。
1936年
作家アーネスト・ヘミングウェイがサファリジャケットを注文。Willis & Geiger社の衣料は、文学界の巨匠にも愛用されました。
1939年
第2次世界大戦が勃発すると、中国政府はアメリカ義勇軍「フライングタイガー」の装備としてWillis & Geigerの飛行服を購入。その品質と機能性が再び証明されました。
1941~1945年
軍用特需メーカーとして、飛行服および飛行装備一式を受注・生産。戦時中もその技術力を発揮しました。
1950~1953年
朝鮮戦争中、再び軍用特需メーカーとして活躍。同時に、第2次大戦後のアメリカ国内での探検ブームに対応し、探検用衣料の開発を続けました。
1953年
エドムンド・ヒラリーのエベレスト登頂装備を請け負う。また、映画「モガンボ」でクラーク・ゲーブルとグレース・ケリーが着用した衣装を提供。340コットンポプリンを使用した衣装が注目を集めました。
1970年代~
TV番組「野生の王国」のMCジム・ファーラーに衣装を提供。テレビを通じて、Willis & Geiger社の衣料が一般にも広く知られるようになりました。
1988年
アメリカ空軍用A-2フライトジャケットの再スペックを開始。伝統のA-2ジャケットが現代の技術で進化しました。
1992年
シエラクラブ100周年記念のアパラチア山脈縦走装備を担当。また、第1回世界一周飛行レースにフライトスーツを提供し、航空界での存在感を示しました。
Willis & Geiger社は、探検家、軍人、パイロット、そして映画スターたちに愛され、その歴史はまさに20世紀の冒険と革新の歴史そのものです。
その衣料は、過酷な環境下でも人々を支え続けてきました。
A-2 Willis & Geiger




- 製造年:1990年代
- メインマテリアル:ホースハイド
- ライニング: レーヨン100%
- サイズ:36
- 実測値(素人採寸の為、多少の誤差あり)
肩幅:44cm
身幅:51cm
着丈:62cm
袖丈:68cm
※不確かな情報は掲載しないように心がけておりますが、もし間違った情報に気づかれた方はコメント欄より教えていただけると幸いです。
【Detail】ディテール


襟はやや大ぶりで襟先は丸みを帯びています。


襟は台襟あり。ボタンはドット型。




フラップポケットにも同様のボタン。


本A-2の左側面。


エポーレットは太め。
階級章を付けるだけでなく、パイロットをコックピットから引きずり出して救出のために使われたこともあるとか。


両脇下には通気性を確保するためのツインアイレット。


袖と裾には厚手のウールリブを使用。保管状態がよくなかったので、まんまと虫の餌食に。


裏地は滑りの良いレーヨン。


首裏に縫い付けられたラベル。
クリーニング表示は民間支給品の証。


ジッパーの製造元は不明。
【Accessories】付属品




【What is A-2】 A-2とは


A-2はそれまでのA-1に代わり、1931年5月9日に陸軍航空隊に採用されました。
区分はライトゾーンetcの表記はないものの、当然のことながら夏期用のフライトジャケットです。
このA-2の採用された当時は、依然としてカーチス・ホークなどのオープン・コクピットの機体が多かったため、防寒性よりも防風性を重点に開発されました。
その一例が、襟を留めておくボタンであり、ホイッスルフックと呼ばれるフックも付いていました。
ウインド・フラップも内蔵タイプではなく、ジッパーを上から隠してしまうタイプでシンプルなスタイルとなっています。


材質は初期にはホースハイド(馬革)を使用していましたが、第二次世界大戦が進むにつれ、ステア、カウ、そしてゴートスキンまでが使用されました。
さらに、兵士の増員に伴う大量生産が求められた結果、コントラクター(納品業者)も増加します。


コントラクターにはラフウェアやペリースポーツ、エアロレザーなど、分かっているだけで十数社存在します。
各社はミルスペックを元にA-2を製造するわけですが、材料の調達状況や現場の解釈などにより、仕上がりに微細な個性が生まれます。
襟の形状、ポケットのカーブや配置、レザーの発色など、それは横に並べて比べてみないとわからないようなささいな個性です。
しかし、そのささいな個性が今日のA-2フリークのマニア心をくすぐる要因となっています。
そんなA-2は時代の流れとともにナイロン生地を使用したL-2にその座を譲ることになります。


A-2自体は1944年に生産が中止されますが、1987年アメリカ空軍40周年の年に復活を遂げます。
復活第一段はAVIREX社が担当し、200着を製造しました。
A-2は現在も引き続きアメリカ空軍に供給されており、民間では様々なメーカーが当時のままに忠実な復刻を試みるなど、MA-1と並ぶ人気のフライトジャケットとして愛されています。






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